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蘇(よみがえ)る 梁(はり)の 館(やかた) と書いて 蘇梁館(そりょうかん)。現在「蘇梁館」と呼ばれる建物は、1841年に建てられたといわれる北前船(きたまえぶね)の船主、久保彦兵衛の邸宅の一部を移築復元したものです。久保彦兵衛邸は、昭和の始めに、金沢市、寺井町へ移築されました。その寺井町にあった建物を、平成15年に加賀市の施設として開館したものが蘇梁館です。 ※以下は、パンフレットより抜粋です。 蘇梁館のあゆみ 江戸末期から明治にかけて活躍し、北前船主の中でも最大の勢力を誇っていたのが久保彦兵衛家です。六代目彦兵衛は海を見渡す小高い丘の上に豪勢な住宅を天保十一年に建て(注:その場所は加賀市橋立町)、離れには大聖寺藩主もたびたび訪れたといいます。 久保彦兵衛邸の主屋の部分がここ大聖寺に移築復元され「蘇梁館」として蘇りました。 建物 拝領松材は巨木で直径70cm以上とも思われ、推定樹齢200年以上であり、旧久保彦兵衛邸の「梁」として使用された。大聖寺藩有林の中でも特に松材は御林山、松山と称して松奉行を置き、巡視管理に当たった御用林材を大聖寺藩主から拝領したと言う事は、久保家が破格の待遇を受けていたかを図れる。その住宅(旧久保彦兵衛邸)が平成12年から3年の歳月をかけ移築復元され、貴重な文化遺産としてだけではなく、積極的な活用を行うよう地域の交流の場として一般に貸出しをしています(注:貸出しは有料)。 庭園 この庭園は日本海と北前船を主題とした、現代の枯山水庭園です。 八尺の春日灯籠は、通称「蜂の巣」で作られ、大きな雪見灯籠は、菩提「蜂の巣」の名品です。 石組群は「波頭の庭」・「船石の庭」・「中庭」・「奥庭」に分けられ構成されています。 景石の石組には「日華石」・蜂の巣の「くじら石」・「大杉谷石」・「黒壁石」・「大野石」・「長野石」・「笏谷石」・「長者石」の原石が据えられています。 庭木には早春のウメ、春のユキヤナギやツツジ類、ヤマブキ。秋には白ハギ、シュウカイドウ。季節ごとに潅木や山野草が花を咲かせます。 場所 石川県加賀市熊坂町ハ28-3 開館時間 午前9時~午後5時(入館は午後4時30分まで) 休館日 年末年始(12月29日~1月3日) 入館料 無料(但し、貸室料は有料) 問合先 電話 0761-72-5350 ※以上、パンフレットより抜粋 先日(2009.9.23付)の北國新聞、一面「金沢は“城下町”じゃ」~no.190 野村家の庭園~に書かれてある野村家の建物とは、この久保彦兵衛邸の一部、大聖寺藩主がたびたび訪れたといわれている「御殿の間」を移築したものです。蘇梁館は、その残りの一部(おもに家族が使っていた部分)に当たります。 また、NPO法人加賀国際交流会たぶんかネット加賀は、加賀市から委託を受け、その蘇梁館の管理をしている団体です。たぶんかネット加賀の多文化共生・国際交流のイベントの舞台としても蘇梁館は活躍しています。また、たぶんかネット加賀の事務局も、蘇梁館にあります。
by tabunka-net
| 2009-09-25 15:25
| 蘇梁館
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